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建築家&4人のオトンの             「つぶやき」

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2017年4月24日 (月)

想いのある仕事には、物語が生まれます。

お手すきの時にご覧下さい。


プラスエム設計に起こったドラマ





[ドラマ1]

■大分県/遠隔地での挑戦で乗り越えた技術の壁

この事例は代表の山中省吾(以下、私)が担当しました。オープンシステムの設計・監理者として実務を担ったのは、じつに20年振りです。それまでずっと、まるでオープンシステムの伝道師のように、全国を走り回っていました。半年間で全ての都道府県へ足を運んだこともありました。

私は、大分での家づくりを自ら担当して、本当に良かったと思っています。何故なら、この現場で大きな発見があったからです。そして、設計監理者として、再び原点に帰ってオープンシステムの可能性に挑戦する契機となったからです。オープンシステムの可能性への挑戦は、今も続いています。

■学者魂に火がついて自分の家づくりで実験

2011年の夏でした。徳山高専の大成先生から依頼がありました。定年退職を機に郷里の大分県に家を建てたいというのです。

とてもありがたい話でしたが、やむなくお断りしました。何故なら、先生にご迷惑をかけることがあってはならないと思ったからです。

というのも、オープンシステムは極めて難しい手法です。たとえ問題が起きても、近くであればすぐに駆けつけることができますが、遠方だとそうはいきません。遠く離れた大分県でのオープンシステムなど考えられませんでした。

ところが先生は、そう簡単には引き下がりませんでした。徳山高専土木建築学科の教授、素人ではありません。学者魂に火がついたのでしょう。

この建築手法が本物か、ご自分の家づくりで実験しようと思われたのかもしれません。私は、先生から背中を押されるようにして依頼を引き受けました。

結論から先に書きます。引き受けて本当によかったと思います。何故なら、先生の家づくりを通して、これまで乗り越えることができなかった技術的な壁を乗り超えることができたからです。

オープンシステムに取り組んで20年目のことでした。本当の意味で「建築主が主体者」となる家づくりが確立できたのです。

不思議なことに、先生の家づくりを終えた直後、徳島県から依頼がありました。そして徳島での家づくりを終えた直後、再び大分県から、続いて山口県から依頼がありました。

こうして4年連続で、遠隔地での家づくりを体験することになりました。まるで、全国どこでも可能であることを証明する使命でもあるかのように。

■すべての関係者が情報を共有して進める

建築主が山口県、設計監理者が鳥取県、そして工事現場が大分県。大成先生の家づくりはこのような位置関係なので、設計監理者が一人で工事を仕切るには無理があります。指揮系統を根本的に見直さなければなりませんでした。

そこで、メーリングリスト(ML)を活用することにしました。MLは登録したすべてのメールアドレスに一斉配信される仕組みで、画像や添付ファイルを送ることもできます。

つまり、こう考えたのです。すべての関係者が常に同じ情報を共有して工事を進めることができたら、仮に誰かが間違った指示を出したとしても、他の誰かが必ず修正してくれるのではないだろうか、と。

MLは想像以上の効果を発揮しました。「見える」というシンプルだけど強烈に実効性のある形で実現したのです。

MLは業務の進め方にも革新をもたらしました。それぞれの業者が行った仕事を配信することで、まだ工事に入っていない業者に心づもりができるのです。

(現場がここまで進んでいるなら、そろそろ準備をしなければ…)。

「来週の月曜日に配管を入れに行ってもいいですか?」と質問すると、設計監理者が答えるのですが、ここがMLの凄いところです。間違った指示出すと必ず誰かが訂正してくれるのです。

「基礎工事のKです。月曜日はまだ配管ができません。その日は鉄筋の作業をしています。火曜日なら大丈夫です」という具合に。まさに、狙い通りです。

また、建築のトラブルで起きがちな「言った、言わない」の水掛け論など起きようがありません。もちろん「豊洲盛り土」のように、「関係者の誰も知らなかった」などという不可解なことも。

■家づくりを成功させる最大の戦力は建築主だ!

MLの活用は大成功でした。多くの良い効果が認められました。しかし、何といっても最大の発見は、大成先生の参加による効果です。

職人のモチベーションが上がったのです。先生も感じておられたようで、MLで次のように報告しています。

「大工さんはこの設計思想や建築手法に驚き、この家の工事で実践的に学ぶことができたと強く語っていました。他の職人さんたちも、オープンシステムの手法に共鳴して参加されたのですね。そのことを工事中に実感しました。職人さんたちの覇気がどんどん伝わってきて、徐々に私もその渦に巻き込まれていきました。よい家とは、このようにして出来上がっていくのですね」と。

先生は、設計思想や建築手法のことを言われましたが、本当は先生自身の力が職人のモチベーションを高めたのです。つまり、建築主でなければ持てない力です。

すべての建築主には、共通した想いがあります。それは、「自分の家は絶対に失敗したくない。良い家をつくるためなら何でもやりたい」という想いです。

ところが、これまでの家づくりでは、建築主にできることなどありません。お金を用意して、ただ完成を待つだけです。

しかし、先生の家づくりは違いました。MLで建築主がいつでも口を挟める状況をつくりました。すると、建築主は頑張るのです。職人から工事の報告が入ると、労いのメールを返します。

これでモチベーションが上がらない職人などいません。どんなに優秀な建築士も、あるいは現場監督も、決してできません。建築主だけが持てる力なのです。

オープンシステムを始めて20年目、最大の技術革新がもたらされました。それは、すべての関係者が常に情報を共有して進むことで生まれた「良い家をつくるための最大の戦力は、じつは建築主自身だった」という発見です。

■最後は職人たちに主役の座を奪われた

完成を間近に控えた、ある晴れた日。大成邸の中庭に職人たちが集まり、何か話し合っていました。口火を切ったのは大工の運乗さんです。

「大成先生にはずいぶんお世話になり、とても感謝しています。皆でお礼をしたいと思っているのだけど、どうだろうか?」

他の職人も同じ気持ちでした。検討の結果、粋な竣工祝いが届けられました。以下は、その時の先生のお礼のメールです。

「本日、大工さんと地元の彫刻家・河本さまが来られました。河本さまは徳山の出身で、親しく話をさせていただきました。みなさまのご好意で、このようなことになり恐縮していますが、この看板に相応しい取り組みをさせていただきます」。

職人たちの贈り物は、先生の研究室に掲げる看板でした。皆でお金を出し合って、地元の彫刻家に依頼してつくったケヤキの看板「国東下村塾(くにさきかそんじゅく)」です。

いつだったか、先生がこうメールしたのを職人たちが覚えていたのです。

「私の研究室を国東下村塾と命名して、大分県の若手の研究者を支援したい」と。

この事例は、プラスエム設計に生まれたドラマがメインでした。しかし、職人たちの麗しいドラマに、すっかり主役の座を奪われてしまいました。

以上が、私(+M設計代表 山中省吾)に生まれたドラマです。

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